村上春樹のやりかた

"It's not that I don't believe in contemporary literature," he added, "but I don't want to waste valuable time reading any book that has not had the baptism of time. Life is too short."

嘘かほんとかわからないけど、村上春樹が「死後何年かした作家の作品以外は評価しない」というポリシーを持っているという話はよく聞かれる. 今日, 授業でやっている英語版ノルウェイの森の和訳(ややこしいねぇ)で, そのポリシーが作中人物によって語られる場面に触れた. 上のものがそれだ.
「時間による洗礼」(baptism of time)というのは大雑把にいうと「何十年にも渡る時間による淘汰が, 本当に良いものだけを選りすぐってくれる」ということだ. これって, 最初に聞いたときはなるほどと思ったけど, よく考えるといまいち納得できない.
つまり, 時間による淘汰というのは大衆による取捨選択に過ぎない, という問題があると思う. 必ずしも良いものが残るとは限らない.
たしかに, 幸運にも後世で再評価される機会があれば, 成立当時は評価されなかった良い作品が残る可能性もある. フランツ・カフカとかがそうらしい. だけどそれは, むしろそういうものの存在は, その影で二度と評価される機会を持たなかったが非常に優れたものが存在するということの裏返しでもある.
今この時代, この瞬間に華やかにスポットライトを当てられたものの影で, 優れた側面を持つにも関わらず「わかりにくい」という理由だけで後世に残らないものも必ずある. 後世に残らないなら, それを味わえるのは今しかない.
そもそも過去の評価はそれほど確かなものだろうか? 今「評価」の代名詞であるメディアが取り上げるのはほとんどの場合ろくでもないものじゃないだろうか? そうやって後世に伝えられてきた作品が, なぜ必ずしも素晴らしいといえるのだろうか?
それから, 現代の作品を読まないというのは「時間による洗礼」への参加を辞退しているということになる.